Anonymous 10/18/2026 (Sun) 01:40 No.6082 del
とってかえしがつかぬゆえ、あとでこうかいなきように、お互様にしっかりと、においがけに、お助けに、心の改良に、つくしに運びに、五拍子そろえて真剣にやらしてもらいましょうねい。
​真剣にこのお道をやらしてもらっている人はよいけれど、あまり真剣にやっていない人も、入信してから、かげで願いばかりかけておって、本部へも教会へも、支部へも、分講へも運ばずにいるような人は、じゃまになる木となりまして、大風の時のろうそくのともしびのようなもので、ふっとふきけされてしまうて、天からはきおとされ、ふきおとされて、あの世とやらへ行ってから、後悔したとおっつかんことになりますね。
​なぜならば、この世にまた生まれさしてもろうても、二十年間はだめでしょう。何が二十年間だめならば、七、八才までは親の世話。七、八才からは、朝夕親の世話で学校へ通って、先生から世の中を渡る学びをうけて、小学校、中学校、もしくは高校、大学と学んでいた二十年はだめ。それから世に出て働いて、家内をもらったり、夫を持ったり、子供や親じゃ、しゅうとや小じゅうとしや、と言っている間が二十年。四十才から六十才くらいまでは動きさかりで、定年に達してくれば、おれは年をとったと言うて、道をひっこんでしまう人も、中にはたくさんあるような。このお道を、年をとったらなお一層に、一生懸命に道をやっておる人は、人格もでき、神格もできています〜盛んになるということやが、