Anonymous
06/21/2026 (Sun) 07:27
No.3861
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そのさいふは、三十六年前に親様が十才のとき、新潟県におらしていただきましたときに、秋祭りがありまして、秋祭りのお祭りにゆくおこずかいがほしくてこまっておりましたが、おとうさんやおかあさんは、柏崎の町のほうにいっておられましたし、おばあさんは、おさんばあさんであったので、村におさんがあったので、とりあげにいっておられたし、お祭りにはゆきたいし、日はくれてくるし、はやくはやくと思いながら、わるいとしりつつ、おばあさんのさいふの中から、二銭どうかを一つもちだして、お祭りにいって佐藤という砂糖屋から、黒砂糖をかって、黒砂糖をかじりながら、お祭りからかえってきて、知らんかおしておりましたが、あとでおばあさんにみつかって、しらべられて、これからはわるいことはしませんからと、ゆるしてもらいましたが、そのころは、天におわびをするということは、一つもわかっていませんでした。
そして、四十五才まで、天におわびをすることは気がつきませんでした。
そして、いろいろとよいこととわるいこと、つうさんの時がきたので、天から「お前はこれを知っているか」といわれました時は、びっくりいたしました、わるいことはできないものだなあ、と思いました。
三十六年も前のことが、今ここで天からつうさんに出ようとは、なんとおそろしいものだなあと思いました。そうしてみると、どんなよいことをしたことでも、わるいことをしたことでも、ぜんあくとわずに、みな天のだいちょうに、しるしてあるのだなあと思いました。そのおばあさんのさいふは、せいむ皮のような、はば十センチぐらいの、高さ五センチぐらいの、黄色のさいふでございました。天からこれを知っているかとお出ましくだされたさいふと、